2014年3月13日木曜日

ランス・トラウト:Lance Trout レジェンドサーフフォトグラファー

 サーフフォトグラファーというのは写真の世界では異端児である。それはサーフィンがスポーツというカテゴリーの枠にピッタリ収まらないのと同じだ。以前、キャノンギャラリーで個展を開催したとき、スポーツ写真で有名な写真家が来てサーフフォトグラファーについて質問してきた。「サーフィンの写真を撮るカメラマンとは他のスポーツと違って交流が全くないんですよ」
 サーフフォトはサーフフォトグラファーにしか撮れない。精神論ではない、波のコンデションに合わせてスケジュールを調整できなければ良いショットが撮れないからだ。
 それにはどっぷりサーフィンの世界に浸かるしかない。その究極の選択がノースショアーウインターシーズンの長期滞在。ここではサーファーだけでなく、サーフフォトグラファーも限界を試される修行の場なのだ。

 ランス・トラウト氏は70年代に米サーフィン誌でシニアスタッフとして活躍した写真家。
FCでお友達になっていただきました。でちょっと写真使わせていただきました。ペコリ
http://thelostandfoundcollection.com

あのノースの黄金期、つまりライトニングボルトやフリーライドの時代に
多くの写真を残しています。

フリーライドやボルトで育った世代にはヨダレものの写真がズラリです。
MR by Lance Trout 
なんせマニュアルフォーカスの時代ですからね。フィルムもコダクロームで
低感度しかも品質にバラツキがあった。でも色は独特で、デジタルでは
表現しにくい世界だから今は色補正でわざとエフェクトしたりしますね。


Jeff Crawford at Pipe by Lance Trout

写真で見るかぎりこの時代ジェフクロフォードが
一番ディープだったと思う。
そう思いません?









2014年3月10日月曜日

日本語版サーファーズジャーナル、そういえばMRの記事があった!

日本語版サーファーズジャーナル、バックナンバーからお薦めの記事。
photo : Lance Trout


A Shaper's Path
An interview with Mark Richards

 マーク・リチャーズ先生かく語りき

 3月7日で57才になられた4度に輝く元世界チャンプ。先日紹介したマット・ワルショー氏のブログではMRのサーフィンをその人となりと合わせて大絶賛していました。ということでちょっと気になりサーファーズジャーナル日本版21-5をひっぱり出してMRインタビューを再読。(米国版は16-2)

 このインタビューおもしろいですよ。読みやすくしかも内容が濃い、偉大なサーファーのサクセスストーリーであるにも関わらず、その語りから感じられるのはまるでサーフィンと出会ったばかりの少年がその楽しさを説いているような印象です。さらに読み進めていくと話題の中心がサーフボードデザインであるにも関わらず内容が難解にならないであっさりと理解できてしまう点にも驚かされますねえ。インタビュアーのアンドリュー・キッドマンもさすがです。
 リノ・アベリラと彼のツインフィンとの出会いから、デイック・ブルーワーから啓示のようなヒントを与えられあのツインフィンが誕生したという話はちょっと鳥肌モノです。スラスターについても
サイモンが産んだアイデアには彼のツインフィンというベースがあったことを示唆している。確かにMRがシングルに乗り続けていたらトライフィンの誕生はありえなかったかもしれません。


 さらにオタク的興味が深まったのでMRの公式サイトも閲覧したらこれがまた彼の人格を表したような素晴らしい完成度。自分のプロフィールから始まって、過去のボードから現在のモダンデザインまでを紹介し、カスタムオーダーもどんな要求にも対応できますが海外の方は代理店をご紹介いたします云々。セミロングもあるんだな~ノーズライドにあまり関心が無ければお薦めなんてニクイ、大きな波でも行けそうな感じのファンボードですね。


 そのHPをクリックしていくうちに見つけたのがこのツインフィン、バンブルビィー1976。リノ・アベリラのシェープからインスパイアしてツインフィンに目覚めたMRが最初に作ったボードのレプリカですね。リノはスティーブリズから影響を受けていたようです。これ乗ってみたいね。パドル楽そうだし…。でも色はちょっとねえ苦笑。

2014年3月9日日曜日

元世界チャンプ(4回)、マーク・リチャーズ氏 3/7で57才のお誕生日というこ と です。おめでとうございます。

元世界チャンプ、マーク・リチャーズ氏 3/7で57才のお誕生日ということです。おめでとうございます。

マット・ワルショー氏のブログより

reference: Surfer web site 



photo: wilkings



「傷ついたカモメ」とフィル・ジャレット(ジャーナリスト)が呼んだマーク・リチャーズのサーフスタイルは腕のフォームが由来する。その鳥類的なスタイルは現在においてもユニークだ。だが正直なところ、その「傷ついた」という表現はどうかなと私は思う。MRの細長い上半身と鳥の翼のように広げた両腕は、すばらしく美しいからだ。スピードにおいてもまさに飛んでいるような優雅さで、傷ついてはいない。

 さらに特徴的なのは彼のスタンスだ。添付した動画をご覧いただきたいが、75-76のウインターシーズンでのMRのスタンスはまるで産まれたばかりの子馬のように膝を折り曲げて、赤と黄色のライトニングボルトピンテールに乗っている。(後略)

photo : A.Chung

  ジャッレトが書いたのではないけど米サーファー誌ではこんなことも書かれた。「美しくはないが、大いにラディカル」奇妙だな彼のサーフィンは今思い出してみてもラディカルという表現はあてはまらない。(中略)まあとにかく彼のサーフィンは美しい、大いに美しいといえる。

 その美しい理由が二つあると私は思う。その一つは天性の素質だ。自論ではあるが、ショーン・トムソンはその時代の革命だった。だがショーンもラビットもBKもロペスも、いわゆるその時代の神と讃えられた人たちでさえリチャーズの、精錬なラインを描くことはできなかった。急襲的で高速、トルクフルで摩擦からは解き放たれたようなサーフィン。特に注目したいのはMRによるシングルフィン時代の終焉時だ。そのエネジーの放出は完璧。ヨガ的な調和だ。数ミリグラムほどの繊細なウェイトコントロールでライディングしている。(完璧な前脚加重のスタンスという意味にも捉えられます)


 二つ目は、彼のあの超内股のスタンスが可愛く見えてしまうのが理由かな。何故かって?彼自身が愛すべき人物だからだ。もちろん激しい集中力とコンペティターとしての闘争心が無ければ四度も世界タイトルは獲れない。だがマーク・リチャーズは汚いトリックも使わず不平も言わず、礼儀正しくほとんどフレンドリーな態度を試合で貫いた。(ほとんど、と付け加えたのはライバルだった"Cheyne the Pain"の存在を無視できなかったからだ。(シェイン・ホランのあだ名、おそらく毒舌シェインという意味かな))


 総括すればMRは「市民チャンピオン(the everyman champ)」なのだ。そりゃあ誰だってショーン・トムソンのローカルセッションに参加したいだろうし、ウェイン・バーソロミューとおんぼろのホールデンに同乗してバーレーからベルズまでトリップをしてみたいと願うだろう。でもリチャーズは友人として長く付き合いたくなるような男なのだ。もちろん彼は世界チャンプのオーラを持っている。それに言うまでもなくバスティンダウンザドアの主役で、映画フリーライドのスターで、スーパーマンロゴのレジェンドだ。でも彼はニューキャッスルのカーセールスマンの息子という経歴を隠そうとはしないし、常識をわきまえた一般市民だ。これで、僕がMRの内股スタンスが美しく見えると言った理由がご理解できたかな?もちろん傷ついてなんかいないよ!

了

2014年3月5日水曜日

ASP今シーズンの注目株、ナットヤングインタビュー

reference: Surfer web site






ナット・ヤング インタビュー

2013のWCTルーキーオーブザイヤーに輝いた新星。

ナット・ヤング22才。ベルズとポルトガルで二位、ケラマスで三位。パイプラインに出場した時点ではワールドランク9位に付けていた。彼を自宅に訪ねてルーキーオブザイヤーに輝いた昨シーズンを振り返ってもらった。

大注目のルーキーシーズンとなったね。ツアーの始めはどのような期待を持って臨んだの?

知っていると思うけど、大いに期待されていたのは本当だよ。WCTという舞台が僕に向いているという感じは持っていたんだ。それは僕のサーフィンは良い波で発揮するからね、つまりツアーの波はほとんど良い波で戦われるからさ。でも良い結果は予想より早かった。第二戦のベルズで二位は自分でもショックなくらい驚いた。昨シーズンはWQSには出ずにWCTだけに集中していた。これで次のシーズンも戦えるかなって思った。

ベルズの二位はどんな気分だった。君のキャリアでは最も素晴らしい結果かな?

イェイ、全くそのとおりだよ。でも二位になったことは残念だと思ってる。ファイナルで集中して戦って負けた瞬間は嫌な感じだったね。でも冷静になって振り返ると、そうか二位なんだと気がついた。大きな結果だと思うよ。


二位になるとツアーの他の選手は悔しいのかな?sれとも喜び?

う~んどうかな?判らないけど、たぶんどちらともいえるかな?全力でがんばって結果は負けたんだから笑顔で陸に戻る気分にはなれないだろ。結果に満足する人もいると思うけど、僕は負けたという気分だよ。喜びではないな、でもしっかり土台に立ったという感触はある。それはつまり「うんよし!」て感じ(笑)

シーズン中の自信はどのように高まっていったの? ベルズから突然?

一番ナーバスだったのはスナッパーの最初のヒートだった。自分ができるっていうことを示したい気分で一杯だったからね。どのイベントでも最初のヒートはナーバスになるけどね。ファーストラウンドで負けたくないからさ。でも楽しさとエキサイトする気持ちで戦っているよ。

ヒートでマジで苦手な奴は?

『あいつよりはあいつと戦いたいな』というのはあるよ。でも可笑しかったのは手強いと思った相手に勝って、楽勝と思った相手に負けたことだよ。

対戦相手に対してはどう考えるの、絶対に勝ってやるとか?

うーん、判らないなあ。たぶん相手よりも良いサーフィンができると感じることかな。それに良いヒートもあれば悪いヒートもある、もし最初に良い波に乗れれば相手に打撃を与えられる。でもWCTは凄い選手ばかりだからね。失敗は許されないんだ。どのヒートも勝つのは大変だよ。



お気に入りの試合とヒートはどれだった?

フィージーはお気に入りだね。人生で最高の波に乗れた。ほぼ毎日バレルだった。レストランツとクロウドブレークで二人きりだからね。ベルズは凄く楽しかったけれど、じつはサーフィンは良くなかったんだ。レストランツでの第2ラウンドのヒートは凄く楽しかった。年間でベストウェイブをサーフできた。2本良い波に乗れたけど飛び抜けていい波だったよ一本で三回バレルに入ったんだ。(9.2,9.03を獲得)

ルーキーで戦うことになにか有利な点はあるのかな?

全くないよ。世界最高の選手を戦うのに、どの波も経験が無い。対戦相手についてだけでなく、ラインナップもどうなっているのか判らないんだからね。波について理解していないのは僕とって一番困ることんなんだよ。いくつか落としたヒートもそれが原因だと感じている。


次のシーズンはなにか変化はあるの?

ルーキーシーズンの結果についてはうれしいけど、それで終わったわけじゃあない。パイプで良い結果を残したいんだ。あそこでは子供の頃からサーフしている。ツアーの他の波よりもあそこの波のついては理解しているからね。2013年のパイププロでは10ポイントを出すことができた。

ルーキーオブザイヤーに輝いた感想は?


デカイよ。ツアー初戦からの目標だったし可能性も高かった。この賞をいつも考えていてそれがおおきな励みになったんだ。

2014年2月22日土曜日

日本版サーファーズジャーナルの読みどころ。


はい、今号も内容盛りだくさんで登場のザジャーナル。カバーショットがかなり話題になってますね。スローシャッターでブレさせています。水の色がイイね。ジワジワと人気の出てきたクレイグアンダーソン。リッパーつーよりグライダーつー感じかなクローズドスタンスが決まってます。
ジョンローズって知ってる?ジョンロースマンじゃないよね。どんな汚水でも飲料水に濾過してしまいしかも安価でコンパクトというシステムを途上国に供給するビジネスを展開してるらしい、オフィスは持たずiphoneだけで
仕事にしてるとはなかなかやるねえあんた!


トッドチェイサーの命日はついこの間でしたね。昔彼が書いたエッセイを読んだことあって親近感を感じます。ケリー世代のニュースクーラーに慕われた人というくらいしか知りませんが、
彼を育てた母親のお話しです。
マカハの酋長バフの若い頃の写真。
座っているのはラスティかな?

ロビーキーガルも特集されてまーす。
こいつオカマって最初思いましたが、
やっと見慣れてきた。ボードは
カッコイイね。乗りやすいとは思わないけど、カワイイ!

これは一見の価値あり!ウクレレの音色と木陰を抜ける涼しい風が感じられますよ。







2014年2月21日金曜日

ウェイン・リンチが語るロルフ・アーネス。サーフィン百科事典より。

Thttp://encyclopediaofsurfing.com/eos-blog/wayne-lynch-talks-about-rolf-aurness/

WAYNE LYNCH TALKS ABOUT ROLF AURNESS




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 マット・ワルショー氏のサーフィン百科事典(Web)にはブログもあり、サーフィンオタクにとってはかなりイケテル内容でス。まあマットさんはサーフィンオタクの教祖みたいな方ですからね。ウ〜ンそこを突くか〜って感じです。
使用許可もいただいてますよ〜。
原文は上記URLをクリックくださいね。

この記事の面白いところは1970年の世界選手権でロルフが勝ったときに、ウェインが選手としてそこにいてロルフのサーフィンを目撃したということですね。天才が天才を語るというインタビューであります。完訳ではありませんのであしからず。

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Rolf Aurnes
Photo:unknown

  
まだジュニアから卒業したばかりのロルフに対してサーフメディアは鈍い反応だったけれど、ベルズでは彼の存在を知っていた?


 PCも携帯電話もFBもなにも無い時代。アメリカのサーフ編集部も来ていたけどのんびりしていた。だから他のサーファーについての話は噂でしかなく情報は古いか、もしくは誤りのいずれかだった。ああ、ロルフのことは聞いていたけどよくは知らなかった。彼の父親がジェームス・アーネスだってこともね。(ハリウッドの俳優)

ロルフは練習のために早くベルズに来ていたようだけど、試合が開催される前に彼を見ましたか?

試合よりも四週間早く現地入りしていた。波と場所に慣れるためにね。USチームより早かったんだ。トーケイのロコには好印象を与えたよ。すごく自然にとけ込んだ。父親のジェームスには会わなかった。南オーストラリアに私が出かけていたからね。帰ってきたら彼だけがアメリカに戻っていた。試合の一週間くらい前にロルフと出会ってサーフトリップにも行ったよ。


彼の印象は?

すごく自然で流れに任せるタイプかな。彼のことが好きになった。サーフィンや共に暮らしてお互いに共通点があることを知ったよ。もちろん彼のサーフィンやサーフボードにも興味が湧いた。まだショートボードの初期のころだったから、思考錯誤の時代でもあったしいろいろな可能性が広がっていた。(ロルフは6'10"のビング、ダン・ベンディクセンシェープ。リンチは6'の彼自身のシェープに乗っていた)



映画フリーフォームにあなた達のフッテージがあるけど憶えている?スモールサイズのベルズだと思うけど?

ああ、寒い秋の日だった。クリーンなスモールサーフで、ロルフのサーフィンはすばらしかった。ベルズのセミフラットなところでも速かったね。私の板はこのコンデションでは機能しなかった。ロルフのは私が2年前からデザインしていたものに近くもっと洗練されていた。彼のサーフィンを見て閃きがあったんよ。新しいデザインの道が開けたんだ。




ロルフはアメリカで出場した試合に全てに勝ち、また世界選手権でもその実力を示した。でも彼はコンテスト向きの性格では無いように見える。そのことについてはどう思う?

ロルフの試合におけるメンタリティーは完璧だ。サーフボードは当時最高で、彼自身そのことをよく理解していて自信も深かった。彼のサーフィンは流れるようでかつ美しい。ビーチでも彼の落ち着きと自信を持っている様子が理解できた。彼はコンペティターでしかもスポーツマンシップに溢れ集中力も素晴らしかった。彼は試合中、他の選手に対して暴言も吐かなかったし興奮したりゲームから排除しようともしなかった。完璧なゾーンに入っていて、リズムも掴んでいた波のコンデションがどうであろうともね。

試合そのものはどう運営された?

私も含むローカルサーファーたちはあまりの露骨な商業主義に幻滅したね。コンテストサーフィンに対して情熱を失った。

良かった点は?

多様性が在った点かな、そういう意味では最後の大きなコンテストだった。サーフボードやスタイルのに関しての議論など、いろいろな個性が集ってきたからね。サーフィンの文化としてもユニークな時代だった。

あなたはその後、表舞台に現れなくなりましたね。

徴兵から免れるために数年間コンテストから姿を消したんだ。自分のしたいサーフィンや人生を目指したんだ。

ロルフも隠遁しましたね。

そうだよ、同じ立場に近かったから、気持ちも同様だったんだろう。もし彼が名声から逃れるために静かな生活を求めたのだとしたら支持するね。

ロルフとは連絡を取り合っていますか?

いや、いつもそのことを後悔している。最後に会ったのは彼が勝った夜だった。夕食会に私が来なかったので、彼は私のシェーピングルームにやってきたんだ。当時すでに私は徴兵を拒否していて警察の目が気になっていた。二人きりで、私が手がけているボードに関して45分ほど話し合った。彼はこの土地や人々がすごく気に入ったと言っていた。驚いたのは試合のことに一切触れなかったことだ。彼は挨拶と感謝を述べただけ、すばらしい態度だった。ちょっとふしぎなことなんだけど。あの夜彼が去っていったとき何か悩みを抱えているんじゃあないかと私は感じたんだ。名声が不幸にもその本人を傷つけてしまうようなことが起こっていたのかもしれない。

了